トレド大聖堂が現在の場所にある理由『イルデフォンソ聖人の奇跡』

スペインカトリックの総本山と言われるトレドの、
大聖堂にまつわる奇跡のお話です。

スポンサーリンク

イルデフォンソ

イルデフォンソは、607年トレドの街で生まれ、彼の伯父エウヘニオがトレドの大司教だったこともあり、トレドの近くの修道院に入り、その後伯父が亡くなった後、657年トレドの大聖堂の司教になった人です。

トレドとタホ川

イルデフォンソは、教会の父(2世紀~8世紀頃のキリスト教神学者であり、その信仰・思考・生活のすべてにおいて他の信者の模範となるような人で、正統な信仰を著述によって残し、教会で認定を受けた人のこと)の1人で、聖母マリア処女性を庇護した著述や、思想で有名な人でした。

エル・グレコ 1603年頃 

上の絵は、16世紀のトレドで活躍したギリシャ人画家エル・グレコが描いた、執筆中のイルデフォンソ。彼が崇拝した、聖母マリアの姿をうっとり(?)見つめています。

【イルデフォンソの奇跡】とは?

さて、このイルデフォンソ、665年12月18日(と、日にちまで明確)現在トレドの大聖堂がある場所に当時からあった教会へ、他の聖職者達と一緒に聖母マリアに祈りを捧げに向かいました。

門を開け、薄暗い教会の中に入ると、祭壇の辺りが光輝いていたのです。

他の聖職者たちは、驚いて逃げてしまいましたが、イルデフォンソは恐れることもなく、その光に近づきました。するとそこにはなんと天使たちに囲まれ、司教座に座った聖母マリアの姿がありました。

ルーベンス 1632年頃 ウィーン 美術史美術館

ルーベンスが描いた祭壇画、青い衣を身にまとった聖母マリアがイルデフォンソの前に現れる奇跡のシーン。

ルーベンス先生の作品は、いつも優雅な仕上がり。

こちらは、ベラスケス先生。

ベラスケス 1623年頃 セビリア

光り輝くマリアの登場シーンのはずですが、やけに薄暗い...のはナゼ❔  これでは他の聖職者が逃げる気持ちもちょっとわかる気が。

マリアは、イルデフォンソにもっと近づくように促し、そしてこう言ったのです。

「あなたは私の大事な司教で私の庇護者です。私の子(イエス)が彼の宝物の中からあなたに贈った、この祭服を受け取りなさい。そして、この祭服は、特別に定められた祝日のみ着用するのです。」

この出来事の後、トレドの教会会議で、1月23日をイルデフォンソの日とし、その後イルデフォンソは、トレドの守護聖人となったのでした。

祭服(カズラ)】聖母マリアが届けに来た衣装は、カズラと呼ばれるもので、現在でもミサや礼拝の時などに使われるポンチョのようなもの。

聖母マリアの石

イルデフォンソの奇跡があったのは665年。その頃、スペインは、西ゴート王国の支配下にあり、その首都はトレドに置かれていた時代でした。

しかしその後イスラム勢力がイベリア半島に侵入し、トレドの街もイスラム勢力下に置かれてしまいます。

キリスト教の祈りの場所である教会は、イスラム支配下におかれた後は全て取り壊しではなく、建物のほとんどの部分を残し、イスラム教徒にいらない物は撤去、必要な物を付け足して、イスラム教の祈りの場所であるモスク(スペイン語でメスキータ)に改造し、再利用されました。その逆に、モスクを改造して教会として再利用したケースも多く見られます。

【かつてモスクだった建物を改造して教会にした例】

イルデフォンソの奇跡があった教会も、その後モスクとして使われることになりましたが、イスラム教でも聖母マリアは特別な存在としてコーラン(イスラム今日の聖典)にも記述があり、この奇跡で聖母マリアが降り立った場所は、イスラム教徒にとっても神聖な場所として、大事に祀られました。

トレドをイスラム勢力から奪回(レコンキスタ)したのは1085年、その後(しばらくの間は、トレドにはキリスト教、ユダヤ教・イスラム教の3つの宗教・文化が共存した時代もありましたが)それまでモスクとして使われていたかつての教会の、神聖なマリア様の奇跡の場所を残しながら、新しく教会を造り、出来上がったのが現在のトレドの大聖堂です。

トレド大聖堂

そして、聖母マリアが降り立った場所=西ゴート王国時代の教会の祭壇があったところ=イスラム教徒たちも大事にしたその場所には、現在も【聖母マリア降臨の礼拝堂】があり、その奇跡を今に伝えています。

聖母マリア降臨の礼拝堂の装飾↓↓

Miguel Hermoso Cuesta, CC BY-SA 3.0 Wikimedia Commons

【聖母マリアの石】この礼拝堂、鉄の柵に囲まれていて、通常は周りから見学できます。聖イルデフォンソの奇跡のシーンを彫った彫刻が素晴らしいのですが、この彫刻の面の反対側(右後方)には、なんとなんと、この奇跡の時、マリア様が降り立って足をついたが、鉄柵に囲まれて置かれています。手を伸ばすと石に触れることができ、何世紀にもわたって、信者の方々が祈りとともに触れた指の跡が、はっきりとわかるくらい、石が凹んでいます。

【聖母マリアの石の横の碑文】

天上の女王(聖母マリア)がこの地の降臨された時 この石に足を置かれました。
この石にキスをするとき、あなた方の慰めとなるでしょう。
石に触れて、”聖母マリア様が足をおろしたこの場所を崇拝致します” と心を込めて拝みましょう。

関連作品

上記の礼拝堂以外にもトレドの大聖堂には、街の守護聖人である聖イルデフォンソの奇跡のシーンがいくつもの装飾として施されています。

大聖堂の①正面玄関には彫刻で、②内部では聖具室(サクリスティ)の天井画はルーカス・ジョルダンのフレスコ画や、③エル・グレコの数少ない彫刻作品の1つなど。

17世紀スペインバロック美術の代表画家、セビリア出身のムリーリョも同じテーマで作品を描いています。

セビリアは今でもマリア信仰の強い地方で、なおかつムリーリョの描くマリア様は、天下一品の美しさ。
マリア信仰を高めようとする信者への、マリアの感謝と恩恵与えるこのシーン、マリア様は幻想的な光輪と天使たちに囲まれています。イルデフォンソは、恍惚の表情ですね。

ムリーリョ 1655年頃 プラド美術館

この作品はプラド美術館に展示されています。(展示室16)

この絵を鑑賞した後に、トレドの大聖堂でマリア様の石を拝むのも いいかもしれませんね。

まとめ

カトリックの世界にはいろいろな奇跡のお話があって、絵画鑑賞の際や、また観光地での見学の際にも、知っているのと知らないのとでは全く感じるものが違ってきます。

信者以外の人には、「えー、奇跡―!?、まじ?」なのですが、それでも、単なる物語としてでも、知っておくと面白いと思うので、今回は人気のトレドの大聖堂にまつわる奇跡のお話を紹介しました。