【シベレスの噴水】は、マドリードの顔、サッカーでも有名な大地・豊穣の女神シベレス

マドリードのシンボル、人気の観光スポット【シベレス】
シベレスの噴水の歴史と雑学です。

シベレスの噴水

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パセオ・デル・プラド

シベレスの噴水がある場所は、パセオ・デル・プラド(プラドの散歩道)と言って、かつては牧草地だった所で、その地区に植樹をし、道をつくってマドリード市民の憩いの場所へと改革が行われたのが16世紀、国王フェリペ2世がマドリードに首都を移したあとでした。

パセオ・デル・プラド
Martin Snopek from Prague (Czech Republic), CC BY 2.0
Wikimedia Commons

17世紀に国王フェリペ4世が王のセカンドハウスともいえるブエン・レティーロ宮殿を現在のレティーロ公園に建設したころから、当時の貴族階級の人達からも注目を集め、

その後、18世紀のカルロス3世の時代、街の改革と美化促進の一環でこの地区には噴水(シベレスだけではなく、ネプトゥーノの噴水、アポロの噴水、アルカチョファの噴水など)、自然科学博物館(=プラド美術館)王立植物園などが造られ、その頃からほとんど変わらず今でも街の目抜き通りの一本、
かつては、街の上流階級の人達の馬車が往来し、優雅に散歩を楽しむ姿が見られた場所でした。

パセオ・デル・プラドは、街の南北に延びる通りで、南は皇帝カルロス5世広場(ソフィア王妃芸術センターの辺り)から、北はシベレスの噴水まで、約1㎞ちょっとの多くの街路樹に囲まれた現在も18世紀の当時の優雅な雰囲気を残すマドリード市民の散歩道であり、多くの美術館が並ぶ人気の観光スポットです。

シベレスの噴水

カルロス3世の街の美化促進で制作された噴水は、神話がテーマになっています。

シベレスも神話の女神、大地・農業・豊穣の女神が主人公で、2頭のライオンがひく車に乗っています。

この2頭のライオンは、ギリシャ神話に黄金のリンゴの話がいくつかあるうちのひとつと関係があり、ライオンの名前はヒポメネスとアタランタです。

ヒポメネスとアタランタ

アタランタは、アルカディアの王の娘として生まれましたが、男子を望んでいた父王によって山に捨てられ、貞操・狩猟の女神アルテミスが送った雌熊の乳を飲みながら育ち、彼女も狩りの名手となり、また誰よりも早く走ることが出来ると豪語していました。

山で育った狩りの名手アタランタは、とても美しく多くの求婚者が現れますが、結婚には全く興味はありませんでした。

ある日困ったアタランタは、徒競走で自分に勝てる男性がいたらその人と結婚します、ただ負けたらその命をいただきますと競争に挑み、勝負に負けた多くの男性がこの世を去ることになりました。

ヒポメネスもアタランタに求婚したいのですが、徒競走で勝ち目はないと理解したヒポメネス、愛の女神アフロディーテに知恵を借りることにしました。

アフロディーテがヒポメネスに授けたのが3個の黄金のリンゴ、競争中そのリンゴをひとつづつ落としてアタランタの気をひくようにと。

言われた通り、リンゴをひとつずつ落とし、アタランタはそのたびに立ち止まってリンゴを拾い、ついリンゴに気を取られている間に、ヒポメネスに負けてしまいます。

アタランタとヒポメネス グイド・レーニ プラド美術館

約束通りアタランタはヒポメネスと結婚し、初めは嫌がっていましたが、最後は恋に落ちてしまう2人。

ところがある日、女神に礼を欠きシベレスの女神の神殿の中で愛し合っている2人に激怒したシベレスは、2人をライオンの姿に変え、生涯シベレスが乗る車を引く罰を与えました。

(という、神話にありがちな、ちょっと気まぐれな神様の罰でライオンになった2人なのでした)

シベレスは 豊穣だけではなく、病と戦争から護ってくれる女神で、2頭のライオンは、自然と野生を象徴しています。

神話の世界はちょっと複雑ですが、シベレスはゼウスの母レアーと同一視される女神様。
レアーはクロノス(兄弟であり夫)との間に6人子供を儲けますが、自分の子供に命を奪われるというお告げにおびえたクロノスは子供たちを飲み込んでしまいます。ゼウスだけは、レアーが音でクロノスにゼウスの泣き声が聞こえないように護り生き残りました。

シベレスの噴水のシベレスの後方には、2人のキューピッドがいて、アンフォラ(陶器のツボ)から水が流れ出し、この音でゼウスの泣き声をかき消そうとしています。

建築家ベントゥーラ・ロドリゲス

シベレスの噴水プロジェクトのデザイナーは、当時の国王カルロス3世のお気に入りの1人、ベントゥーラ・ロドリゲスです。

ベントゥーラ・ロドリゲスは、パセオ・デル・プラドにある有名なネプトゥーノの噴水や、アポロの噴水、現在はレティーロ公園内にあるアルカチョファの噴水(コピーがパセオ・デル・プラドに設置されている)のデザインも同様に手がけました。

彫刻家は、シベレスの女神は、スペイン人彫刻家フランシスコ・グティエレス、2頭のライオンは、フランス人彫刻家ロバート・ミシェルによるものです。

シベレスの噴水雑学

シベレスの噴水であまり知られていない雑学を紹介します。

サッカー

シベレスの噴水は、地元サッカーチームのレアル・マドリードの女神としても有名です。

レアル・マドリードが優勝すると、レアルのスタジアから2階建てバスで屋上の選手と、街道のファンと勝利を分かち合いながらのパレードが行われるのですが、目的地はシベレスの噴水があるシベレス広場、シベレス周辺は通行止めになり、選手がバスでやってきて、噴水の周りに造られたステージにキャプテンが優勝トロフィーを持って登り、シベレスの女神に勝利の挨拶をするというのが、一連の儀式です。

2010年サッカーワールドカップでスペイン代表が初優勝した時の祝賀の挨拶も、首都であるマドリードのこのシベレスで行われました。

同じくバスケットのワールドカップ優勝の際にも、ここでお祝いが行われました。

ちなみにマドリードのもうひとつ人気の地元のチーム、アトレティコ・デ・マドリードですが、アトレティコが優勝すると、同じパセオ・デル・プラドのシベレスから300m位離れたところにある有名なネプトゥーノの噴水(海の神ネプチューン)が守り神で祝賀の式はこの噴水で行われます。

≪ここまでは、有名なお話、あまり知られていないのはここからです。≫

今現在は、シベレスはレアル、ネプトゥーノはアトレティコですが、実は昔(1985年まで)は、ちょっと様子が違ったようで、どちらのチームもシベレスでお祝いをしていたそうです。

アトレティコ・デ・マドリードがチーム創立50周年の記念に作ったトロフィーには、アトレティコのチームエンブレムである熊とマドローニョの下にシベレスのレプリカが掲げられています。また、レアル・マドリード創立75周年記念には、当時のマドリード市長が銀製のネプトゥーノのレプリカをチームに記念として贈りました。この事からも各チームのそれぞれの噴水との関係が、現在と違うのがわかります。

1986年メキシコで行われたサッカーワールドカップの際、スペインはデンマーク戦で苦戦しましたが、最終的には5-1でスペインの勝利、この年のスペイン代表にはレアル・マドリードの選手が何人も選ばれ、なかでもこのデンマーク戦で4ゴールを決めたレアル・マドリードのEmilio Butragueño選手の活躍は目覚ましいものがありました。

当時マドリードでは、シベレスから北側のカステジャーナ大通りのバルやテラスで夕涼みをする人たちがたくさんいて、その試合の後、カステジャーナ大通りでもサッカーファンがスペイン代表チームの活躍を喜び、蒸し暑い夜、近くの大きな噴水(シベレス)に飛び込んで水浴びしながら大騒ぎ・・・特にレアル・マドリードファンは大喜び大騒ぎ。

その後1986年~1990年まで5年連続でリーグ優勝はレアル・マドリードで、1988年頃から本格的にシベレスはレアルの守り神という印象になったようです。

1991年、1992年と2年連続でアトレティコが王様杯で優勝し、特に1992年はレアル・マドリードの本拠地であるスタジアム、サンチアゴ・ベルナベウでレアル・マドリードを破っての優勝、この頃からシベレスを避けて(?)ネプトゥーノで祝杯をあげているのだそうです。

メキシコシティにもシベレスの噴水

実はメキシコにもシベレスの噴水があります。

これは、両国の友好記念で、メキシコ居住のスペイン人コミュニティーより贈られたもので、1980年9月5日、寄贈式が行われました。

メキシコシティのシベレスの噴水
Danflash2003, CC BY-SA 4.0
Wikimedia Commons

シベレスはスペイン銀行の金庫を守っている(?)

シベレスの噴水は、まわりを有名な建物に囲まれていて、中でも有名で大事な建物がスペイン金融業のかなめスペイン銀行、スペインが所有する金の1/3がこの建物の地下の部屋に保管されています。

スペイン銀行
Luis García, CC BY-SA 3.0
Wikimedia Commons

1936年の拡大工事の際に造られたその地下室、地下48mの部分に位置していて、その部屋にたどり着くには、もちろんセンサーや防犯カメラなどの警備のもと、約15トンのドア(2つの鍵と2つの暗証番号で開く)を3つ抜け最終的にたどりつくのですが、万が一の防犯システムとして、その部屋に外部からの侵入者が入った場合、シベレスの噴水に水を供給している地下水路があり、シベレスの地下水路の水が数秒のうちに地下の金庫室を水で埋め尽くすシステムになっているんだそうです。
(参考資料:ABC España)

まとめ

シベレスの噴水は、街の美化のためだけではなく、市民に水を供給する大事な目的のためにも制作された噴水で、水を運ぶのが生活の糧であった水汲みたちは、シベレスの水を貴族や上流階級の人達のお屋敷に運び、一般の市民もここから生活に必要な水を手に入れていたのです。

現在はマドリードの顔として、海外からの公式のお客様がこの街を訪問される際には、スペインと相手国の国旗をシベレスの噴水の回りに飾り、歓迎の意を表します。

マドリードの空港からマドリードの街の中心部へ車で向かう道はいくつかありますが、アルカラ門(かつての街の城門)を通りシベレスの噴水が見えてくる方から街に入ると、マドリードがいちばん優雅であった時代の雰囲気を今でも味わっていただけると思います。

シベレスの噴水
José Ibáñez, CC BY 3.0
Wikimedia Commons