「七つの大罪」 ヒエロ二ムス・ボス の世界 プラド美術館

Hieronymus Bosch or follower, Public domain, via Wikimedia Commons

プラド美術館の作品の中でも、とくに異彩を放つボスの作品。
そのひとつである、「七つの大罪」をご紹介します。

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ヒエロ二ムス・ボス

ヒエロ二ムス・ボスは、現在のオランダ、ベルギーとの国境の近くの街ヘルトヘンボス(侯爵の森という意味、ボス=森)で1450年に生まれ、生涯その街で暮らしました。父親や叔父が画家だったようで、その環境の中、絵を学んだようです。

例えばダヴィンチや、デューラーなど、ボスと同時代の画家たちと比べて、ボスに関しては不明なことが多いのですが、作品自体は早くから衝撃をもって受け入れられました。

敬虔なキリスト教信者だったボスは、聖母マリア同胞会のメンバーで、教団の依頼で絵を描き、また裕福な家の女性と結婚したことで、社会的な地位も得て、16世紀の初めには、知名度のある画家となっていて、その名は外国にも知られていました。

中世における宗教画の目的は、聖書を読めない時代に聖書を絵で理解してもらう事で、宗教画には多くのルールがあり、それを忠実にまもって描かれ、当時の画家の多くが、収入を得るために、依頼主の希望に沿って絵を描いていましたが、ボスは経済面での問題がなかったことで、かなり自由に創作活動に打ち込むことができる環境でした。

不可解なテーマ、幻想的な世界、中世の伝統的な生活に根付いた習慣への風刺、邪悪な姿の怪物など、500年前に20世紀に生まれたシューレアリズムのような世界感で宗教画を描いて、時代を大きく先取りした新しい感覚の画家だったのです。

また、ヨーロッパではイタリアを中心に、ルネッサンスの時代でした。
ルネッサンスは、14世紀から16世紀にかけてイタリア、西ヨーロッパで広がった運動で、思想、文学、芸術において、人間の個性、本性を尊重した、古代のギリシャ、ローマの考え方を再生させようというもので、宗教中心の思想から個性を尊重した人間性の解放で、こういうヨーロッパの時代背景もボスの絵に影響をもたらしたのだと思われます。

古い伝統だけに捕らわれることなく、新しい時代の個性と人間性を強く感じさせる、これもボスの作品の魅力なのでしょう。

七つの大罪とは?

日本語ラテン語
傲慢superbía
強欲avaritia
色欲luxuría
憤怒ira
暴食gula
嫉妬invidia
怠惰acidia

カトリックの教えでは、この七つの感情や欲望が、人間を罪に導く可能性がある、全ての罪はここから発生するという考え方で、七つの大罪としています。それぞれの単語の頭文字をとって ” SALIGIA “とも呼ばれます。

作品の解説

文字でのメッセージ

まず、上の方の白い巻物は、申命記という旧約聖書の一文で、

彼らは理解も配慮もない者達
もし知恵があれば、そのことを悟り、最期の時に備えるだろう

下の巻物には、

私は彼らから顔を隠し、彼らの最期を見届けよう

真ん中には、イエスキリスト

気を付けて、気を付けて、神様は見ています

真ん中の目

中心の大きな円全体でになっていて、目の真ん中に描かれているのがイエスキリストです。
気を付けて、気を付けて、神様は見ています

七つの大罪

傲慢

日常生活で使用する頭巾みたいなものを被る女が、家具の鏡を見ています。
よく見ると、鏡を支えているのは、同じように頭に何かを被った怪物(悪魔)です。

強欲

村の裁判の様子です。全くやる気がないうえに、真ん中の裁判官は、右の男から賄賂を受け取ろうとしています。

色欲

赤いテントの中には二組のカップルがいて、ワインを飲んでくつろいでいます。
右下にはロバの耳付きの衣装を着た道化師、道化師の度が過ぎると鞭で打たれたりしました。(道化師は愚か者、堕落の前兆)

憤怒

酔っ払いが二人、刃物をもって喧嘩をしています。片方の男は、女に取り押さえれられています。

暴食

テーブルの男は、いかにも大食漢で太り、その子供は、親の悪い影響で同じく不健康に太り男に食べ物を求めています。右の男は立ったままツボから直接 ワインをあおり、口からあふれ たれています。左の女は、また料理を運んで来ました。手前には、火で腸詰めの肉を焼いています。

嫉妬

左の男は、家の中のよその家の女を口説こうとしています。真ん中の男は、外の男が手に持っている鷹を羨ましそうに見ていて、その手には骨が一本、下には一本の骨を狙う二匹の犬がいます。

怠惰》 

暖かい暖炉の火の前で、居眠りをする男と犬、左にはきちんとした身なりの女が祈ることを促しています。

四終

外側の四つの円で、死を迎えた時から死後の世界が描かれています。

今にも死にそうな頭に包帯を巻いた男、部屋には医者が一人と、三人の聖職者、修道院の女の姿もあります。上には、天使と悪魔が待ち受けていて、左後ろからのぞいているのは、死です。隣の部屋に家族の姿も見えます。

裁判》(最後の審判)

真ん中は神様、周りには天使、下には死者が墓から這い出して裁判へと向かいます。

《地獄

地獄に落ちた者たちは、悪魔たちから拷問をうけます。
この地獄のシーンをよく見ると、先ほどの七つの罪の結末だということがわかります。
左の赤いベッドが色欲、赤いテントが暴食、その横 犬に襲われている嫉妬、真ん中に怠惰、右の台の上憤怒、釜茹で強欲、手前に傲慢の文字が見えます。

《天国》(栄光)

真ん中には神様と天使、左下には、大天使ミゲルと、天国の鍵を持つサン・ペドロ、そして天国へ迎えられた者たち。

テーブルとして展示するために制作された絵

この作品が他のどの作品とも 大きく違う一つの理由は、この絵は、壁にかけて見るために描かれたものではなく、もともとテーブルとして 設置するために 制作されたものだという事です。

現在はプラド美術館に展示中

この作品がもともと誰のために描かれたかは、作者の詳細同様、詳しいことはわかっていませんが、
最終的に16世紀、スペイン国王フェリペ2世の所有となり、彼が戦争の勝利記念として建てた、またスペイン王家の墓としても造られた、マドリード郊外のエル・エスコリアル修道院に飾らた作品です。
フェリペ2世はこのエル・エスコリアル修道院で亡くなりました。

フェリペ2世は、ボスの作品のコレクターとしても有名で、この作品も亡くなった国王のエル・エスコリアル修道院の自室に置かれていたものです。(国王の所持品リストにも、”テーブル”と記載されていました。)

その後、1936年に、プラド美術館に移動されました。

ボスの作品ではないという説も

この作品に関して、以前からボスの作品ではないのでは? という議論がありました。
16世紀、地元だけではなく、外国にも名の知れるほどのボスの作品は、多くの画家が当時からまねて絵を描いていたことがわかっています。有名なブルューゲル(父)もその一人なんだそうです。

この論争は、最終的には、プラド美術館が、ボスの物であると公言し、今はその扱いになっています。

その色彩感覚と、表現の斬新さから、とても500年以上も前に描かれたとは思えない、ユニークな作品です。
プラド美術館には他にもボスの有名な作品がありますが、このテーブルも忘れずに、是非ご覧いただきたいお勧めの作品です。

写真引用 : Hieronymus Bosch or follower,
Public domain, via Wikimedia Commons

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