プラド美術館の『ラス・メニーナス』
実際に美術館でこの絵を初めて鑑賞する時には、おそらく気が付かないものが描かれています。
今回は、この絵の背景に隠れている2枚の絵と、その他の興味深いポイントを紹介します。
ラス・メニーナスを鑑賞するとき
プラド美術館でこの絵を展示してある部屋に入ると、どうしても絵のすぐ前の方へ足が向きます。
人込みの後ろからじゃなくて、なるべく近くから観たい、
ほとんど人がいない時も、それならそれで前に行って独り占めしたくなります。
まずは、行けるところまで近づいて、好きなように鑑賞しましょう。
ただ、この絵の全体像は、最前列からでは見えません。
一旦、近くから観たあとは、少し下がって展示室の中央辺りからもういちど鑑賞してみましょう。
そうすると、前の方で観ていた時とは、印象が変わってきます。
そして、もっと後方にさがってみると、さっきとはまた違う印象になっているはずです。
離れれば離れるほど、絵の奥行きが広がって、登場人物たちもそれぞれ間隔が広がっていくのがわかると思います。
そして、そのあたりからだと不思議なことに、前の方では見えなかった絵の中の背景の壁に、2枚の大きな絵がかけてあるのが見えるはずです。
今回お話するのはこの2枚の絵です。
こうやってみても、何が描いてあるのかは見えませんが、この2枚の絵は以下の2枚だと確認されています。
向かって右の絵 【パーンに勝利したアポロ】
この絵はギリシャ神話がテーマになっています。
≪パーンに勝利したアポロ≫ のあらすじ
昔々、豊穣の神、ブドウ、葡萄酒の神ディオ二ソス(ローマ神話ではバッカス)が、師であるシレノスとフリギア王国を旅していると、シレノスが迷子になってしまいます。シレノスは、ディオ二ソスの師、フリギア王国のミダス王に歓迎を受け、その後無事にディオ二ソスのもとへ帰りました。
そのお礼にディオ二ソスは、ミダス王に「なんでも望みをかなえてあげよう」ともちかけました。
ミダス王は、「自分が触れるもの全て金に変えてください」と望み、その通り触れるもの何でも金に変わっていきました。
ところがここで問題発生、触れるもの全てなので、パンも果物も食べようと思って触れると金になってしまい、空腹に襲われ、ディオ二ソスに頼んで、金に変わらないようにもとに戻してもらいました。
この時から、ミダス王は贅沢を嫌い、自然を大事にする王に変わっていき、牧羊の神であるパーンを崇拝するようになったのです。
牧羊の神パーンは、笛の名手。
ある日、音楽・芸術の神アポロンに勝負を挑みます。
パーンは葦笛、アポロンは竪琴、審判は山の神トモロス、そして勝負の軍配はアポロンに上がりました。
ところが、パーンを崇拝するミダス王は、パーンの方が素晴らしかったと意見しました。
それを聞いたアポロンは、「そんな堕落した耳を持っているくらいなら」と、ミダス王の耳をロバの耳に変えてしまったのでした。
というお話です。
この絵を描いたのは、ヤーコブ・ヨルダーンスという画家です。
左の竪琴を持つアポロン、月桂樹の冠をアポロンの頭にのせようとしているのが山の神トモロス、笛を吹いているのがパーン、右のロバの耳の人がミダス王です。
絵の中に、出来事全てを同時進行で描いたものです。
ヤーコブ・ヨルダーンスは、17世のフランドル地方出身で、ルーベンスと同時代の画家(ルーベンスより16歳年下)。
ルーベンスは17世紀スペイン国王フェリペ4世の依頼で、マドリード近郊のエル・パルドの狩猟の館として使用していた建物の装飾をてがけていて、ルーベンスによって下描きされた神話をフランドルの多くの画家たちが仕上げました。
そのうちの1枚がこの≪パーンに勝利したアポロ≫です。
その後、ヤーコブ・ヨルダーンスのこの絵を、17世紀のスペイン国王フェリペ4世に仕えた宮廷画家ベラスケスの娘婿で弟子でもあった、フアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソが模写したもの、それがラス・メニーナスの背景に掛けられている絵の1枚だという事が確認されています。
おまけ
ちなみに、イソップ物語の「王様の耳はロバの耳」
の王様がこのミダス王です。
イソップ物語の作者アイソーポスは、古代ギリシャの寓話作家です。
当時の画家たちもイソップ(アイソーポス)物語も読んでいたのでしょう。
アイソーポスの絵をベラスケスが描いています。
【ラス・メニーナス】と同じ部屋に展示してあります。
向かって左の絵 【アラクネの寓話】
これもフェリペ4世に依頼された狩猟の館の装飾のために描かれたルーベンスの下描きです。
≪アラクネの寓話≫ もギリシャ神話のひとつで、機織り自慢の娘アラクネが愚かにも女神アテナに機織りの勝負をもちかけ、最後は怒った女神に蜘蛛の姿に変えられてしまいましたというお話。
ラス・メニーナスの絵の中に描かれているのは、どうやらこれもベラスケスの娘婿で弟子のフアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソが、ルーベンスの下描きをもとに別の画家によって完成された絵を、模写したものではないか?という説もあるようです。
このルーベンスの絵をもとにベラスケスも【アラクネの寓話】を描き、そのベラスケスの絵の中には、ティツィアーノの作品をルーベンスが模写したものが描きこまれているという面白い展開を見せる絵です。
ベラスケスの【アラクネの寓話】は、別の記事で詳しく説明していますので、
\よかったらこちらも/
ラス・メニーナスと星座の関係
ベラスケスは天文学に興味を持っていたらしく、ラス・メニーナスの登場人物たちが星座の形になっているという説もあるそうです。
下の図で5人の登場人物の心臓部をつないでいる線が、星座のかんむり座を形成していて、
真ん中の星が王女マルガリータになっています。
かんむり座のいちばん明るい2等星をアルファ(α)星と呼び、この絵が描かれた17世紀ごろは、このアルファ星の事を、
”マルガリータの冠”とも呼んでいたようです。
マルガリータは17世紀のスペインの王女の名前ですが、意味はマーガレットのお花の事です。スペインのことわざに
echar margaritas a los cerdos(豚にマーガレットを投げる)
arrojar perlas a los cerdos(豚に真珠を投げる)
(margaritasはマーガレット、perlasは真珠の事)
意味はどちらも ”豚に真珠”という意味。
真珠とマーガレットが同じように引用されていて、マルガリータの冠は言い換えれば真珠の冠という事=かんむり座の輝く真珠
それが、絵の中ではマルガリータ王女なのでしょう。
≪かんむり座≫
まとめ
このように、ベラスケスの【ラス・メニーナス】の中には、見えないポイントがいくつも潜んでいます。
【ラス・メニーナス】ガイドブックを見ただけでは「どうしてこの絵がそんなに素晴らしいんだろう?」という感じかもしれませんが、実際にこの絵の前に立つと、絶対に印象がかわります。
そして、見た目ではわからないこういうポイントも押さえておくと、またちょっと見方がかわるかもしれません。